里中満智子さんの歴史漫画『天上の虹』
文庫版全11巻を読み終えました。
今回、昔読んだこの作品をあらためて読み返してみて、若い頃に読んだときとは、ずいぶん感じ方が違うことに気づきました。
もちろん『天上の虹』は、持統天皇を中心にした大河歴史ロマンです。
けれど、文庫版全11巻を読み終えて最後に残ったのは、
「持統天皇は、こんな政治をした人物だった」
という歴史上の評価だけではありませんでした。
私の中に残ったのは、
「讃良という一人の女性は、どんな人生を生きたんだろう?」
という思いでした。
今回は、『天上の虹』全11巻を振り返ってみたいと思います。
※この記事では、漫画作品としての『天上の虹』について、私自身の感想を中心に書いています。漫画で描かれる人物像や出来事と、史実として確認されている内容は必ずしも同じではありません。
『天上の虹』は持統天皇の一生を描いた物語
物語の主人公は、後の持統天皇となる讃良皇女です。
讃良は645年に生まれ、天智天皇の娘として、そして後の天武天皇となる大海人皇子の妻として生きることになります。
その人生は、最初から穏やかなものではありません。
皇族同士の結婚、政治的な対立、壬申の乱、夫である天武天皇の即位。
さらに母として息子・草壁皇子を育て、その後は皇后、そして持統天皇へ。
夫や子ども、兄弟や姉妹など、家族との関係もまた、彼女の人生と政治に大きく関わっていきます。
そして物語は、持統天皇が国づくりを進めていくところまで描いていきます。
つまり『天上の虹』は、単に「持統天皇の治世」を描いた作品ではありません。
一人の女性が、少女から皇后、そして女帝へと変わっていく人生そのものを描いた作品だと思います。
1~3巻|讃良皇女という少女から始まる
最初の1~3巻では、まだ「持統天皇」ではありません。
一人の皇女だった讃良が、やがて大海人皇子と結婚し、夫を支える立場になっていきます。
そして草壁皇子を出産。
ところが、父・天智天皇と大海人皇子の関係は、決して単純なものではありません。
政治的な緊張が高まり、やがて壬申の乱へとつながっていきます。
このあたりを読んでいると、
「讃良って、最初から政治家だったわけじゃないんだな」
と感じます。
最初は夫を支える女性。
母親として子どもを守る女性。
その立場から、少しずつ政治の世界へ入っていく。
ここが後の持統天皇を考えるうえで、とても重要な部分だったのではないかと思いました。
4~6巻|妻、母、そして皇后として
4~6巻になると、讃良の立場が大きく変わっていきます。
天武天皇の皇后となり、政治の中心に近づいていきます。
一方で、母親としての顔も大きくなっていきます。
特に大きな問題になるのが、皇位継承です。
草壁皇子と大津皇子。
どちらが次の時代を担うのか。
ここでは、単純な政治的な対立だけではなく、
「母親として息子を見る讃良」
という部分が強く描かれているように感じました。
そして天武天皇の病。
さらに大津皇子の死。
草壁皇子の死。
ここまで読んでくると、讃良の人生には「失う」ということが何度も出てきます。
夫を失い、子どもを失い、そして自分自身が国の中心に立つことになる。
ここで私は、
「讃良は強い女性だな」
と思う一方で、
「強くならざるを得なかったのではないか」
とも思いました。
7~9巻|持統天皇として国をつくる
7~9巻になると、いよいよ讃良は持統天皇として国を治めていきます。
ここからは、恋愛や家族の物語だけではなく、国家そのものをつくっていく話が大きくなります。
律令国家としての仕組みを整え、歴史書の編纂を進め、藤原京を完成させる。
持統天皇の時代には、国の制度や都づくりなど、後の日本につながる重要な動きが進められていきました。
漫画を読んでいて思ったのが、
「持統天皇、仕事しすぎじゃない?」
ということでした(笑)。
夫・天武天皇の遺志を受け継ぎ、国づくりを続ける。
自分の息子・草壁皇子は亡くなってしまった。
それでも、その血を受け継ぐ孫の珂瑠の未来を考える。
そして自分自身も年齢を重ねていく。
ここまで来ると、
「この人は、いったいいつ休むんだろう」
と思ってしまいます。
「責任感」なのか「権力」なのか
7~9巻を読んでいると、持統天皇についていろいろ考えさせられます。
夫・天武天皇の遺志を継いでいるのか。
国を安定させる責任感なのか。
息子や孫のためなのか。
それとも、いつの間にか権力そのものに執着するようになったのか。
もしかすると、その全部なのかもしれません。
人間って、一つの理由だけで行動するわけではありませんからね。
そして、この頃から私の中に一つの疑問が大きくなっていきました。
「讃良って、幸せだったのかな?」
10巻|歴史を残すということ
10巻では、日本独自の歴史書の編纂が大きなテーマとして描かれます。
国をつくるということは、制度や都を整えるだけではありません。
「自分たちはどのような国なのか」
その歴史を残すことも重要になります。
歴史書の編纂には、さまざまな問題がありました。
列国の記録や外国の史書との整合性なども考えなければならない。
そんな中で登場するのが、多安麻呂という少年です。
ところが、安麻呂には大きな秘密があります。
かつて謀反の疑いで処刑された大津皇子の隠し子だったのです。
そして安麻呂は、父の死を命じた持統天皇への復讐を企てています。
大津皇子は、ずっと讃良の人生に残っている
ここで感じたのは、
大津皇子という存在は、死んだから終わったわけではない
ということでした。
『天上の虹』では、大津皇子が亡くなったあとも、その存在がずっと物語の中に残っています。
讃良の人生にも影を落としています。
そして次の世代になって、大津皇子の血を引く人物が登場する。
歴史というのは、過去の出来事が終わって消えていくものではなく、次の世代にも何かを残していくものなのだと感じます。
皇女たちも、それぞれの人生を生きている
『天上の虹』では、国家や皇位継承といった大きな歴史だけではなく、皇女たちの恋愛や人生も描かれています。
初恋を実らせる人。
恋に破れる人。
夫に愛されず苦しむ人。
それぞれが、それぞれの人生を生きています。
ここが私は、この作品の好きなところです。
歴史上の人物というと、つい「天皇」「皇子」「皇女」といった肩書きで見てしまいます。
でも、その人たちにも、
好きな人がいる。
愛されたいという気持ちがある。
失恋すれば傷つく。
家族のことで悩む。
将来を不安に思う。
つまり、私たちと同じような感情を持った人間だったんですよね。
11巻|国づくりの完成と、讃良の人生の終わり
そして11巻。
大宝律令が施行され、日本が統一国家として歩み始める時代へと物語は進みます。
父・天智天皇。
夫・天武天皇。
そして自分自身。
讃良は、それぞれの意志を受け継ぎながら国づくりを続けてきました。
そして、ついにその人生が終わります。
『天上の虹』全11巻もここで完結します。
「持統天皇の人生」ではなく「一人の女性の人生」だった
全11巻を読み終えて、私が一番強く感じたのはここでした。
私は最初、
「持統天皇って、どんな政治をした人なんだろう?」
という気持ちで読んでいました。
でも最後まで読んでみると、残ったのはそれだけではありませんでした。
むしろ、
「讃良という女性は、どんな人生を生きたんだろう?」
ということでした。
少女だった讃良。
夫を支える妻になった讃良。
母になった讃良。
皇后になった讃良。
天皇になった讃良。
そして太上天皇になった讃良。
立場はどんどん変わっていきます。
でも、その全部を生きているのは同じ一人の女性です。
母としての讃良
私が特に印象に残ったのは、讃良の「母」としての部分です。
草壁皇子の母親として。
そして、草壁皇子の血を受け継ぐ孫を見つめる祖母として。
政治的な判断をしなければならない立場でありながら、その根底には母としての感情がある。
だからこそ、讃良の行動を簡単に「正しい」「間違っている」と判断するのは難しいと思いました。
政治家としての讃良。
母としての讃良。
一人の女性としての讃良。
その三つが、いつも重なっているからです。
讃良は幸せだったのだろうか?
そして、全11巻を読み終えた私の中に残った問い。
それが、
「讃良は幸せだったのかな?」
です。
夫を愛していた。
でも夫を失った。
息子を守りたかった。
でも息子を失った。
孫の未来を守ろうとした。
そして国づくりの責任を背負った。
たくさんのものを失いながら、それでも前へ進み続けた女性です。
果たして、それは幸せだったのでしょうか。
もちろん、答えはありません。
というより、
答えを出さないからこそ、この作品は面白いのだと思います。
50代になって読み返して感じたこと
若い頃に漫画を読んでいたときは、恋愛や人間関係など、また違うところに目がいっていたと思います。
でも50代になって読み返してみると、
「この人、背負いすぎじゃない?」
とか、
「私だったら、この立場でどうするだろう?」
とか、
「この女性は本当に幸せだったのかな?」
というところが気になるようになりました。
同じ漫画でも、読む年齢によって感じ方が変わる。
これは、今回『天上の虹』を読み返して、一番面白かったことかもしれません。
『天上の虹』を11巻読み終えて
『天上の虹』は、持統天皇という歴史上の人物を描いた作品です。
でも私にとっては、それだけではありませんでした。
これは、
一人の女性が、自分では選べなかった時代と立場の中で、妻として、母として、そして一人の人間として生き抜いた物語
だったように思います。
歴史を動かした女性。
国づくりに人生を捧げた女性。
家族を愛した女性。
そして、たくさんのものを失った女性。
そのすべてが「讃良」という一人の女性の中にあります。
だから全11巻を読み終えたとき、
「持統天皇の人生が終わった」
というより、
「讃良という一人の女性の人生が終わった」
という感覚になりました。
まとめ|歴史漫画は、読む年齢によって変わる
今回、昔読んだ『天上の虹』を50代になって読み返してみて、
「漫画って面白いな」
と改めて思いました。
若い頃には気づかなかったことに気づく。
昔とは違う人物に共感する。
当時は気にならなかった台詞が、今になって心に残る。
そして、歴史上の人物を「教科書に載っている人」ではなく、
一人の人間として考えてみることができる。
それが歴史漫画の面白さなのかもしれません。
『天上の虹』全11巻。
長い物語でしたが、最後まで読んでよかったと思います。
そして最後に残ったのは、
「讃良は幸せだったのかな?」
という問い。
私自身、まだ答えは出ていません。
だからこそ、もし『天上の虹』を読んだことがある方がいたら、
「持統天皇は幸せだったと思いますか?」
ぜひ聞いてみたいです。
同じ作品を読んでも、きっと人によって答えは違うと思います。
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