『女帝の手記』文庫版1~5巻レビュー|女として生きることと天皇として生きることの狭間で

レビュー・感想

奈良時代を舞台に、聖武天皇と光明皇后の娘・阿倍内親王の生涯を描いた『女帝の手記』。

阿倍内親王は、弟が幼くして亡くなったことで、藤原氏直系の女性として皇太子となります。

やがて孝謙天皇として即位し、さらに上皇となった後、再び天皇として即位することになる彼女。

華やかな「女帝」の生涯の裏側には、政治だけではなく、ひとりの女性としての葛藤や恋愛、孤独がありました。

今回は文庫版1巻から5巻までを読んで感じたことを中心にレビューします。


史上初の女性皇太子となった阿倍内親王

物語の始まりは奈良時代。

聖武天皇と光明皇后の間に生まれた阿倍内親王は、弟が亡くなったことで、藤原氏直系の唯一の内親王となります。

そして19歳という若さで、史上初の女性皇太子となるのです。

しかし、そこには「女性だからこそ背負わされるもの」がありました。

藤原家の期待を一身に受け、政治家として生きることを求められる阿倍。

普通の女性のように恋をしたり、結婚したり、家庭を持ったりする人生とは無縁の道を歩むことになります。

最初は母・光明皇后の誇り高い姿に憧れ、藤原一族としての使命を受け入れようとしていた阿倍。

ところが、長屋王の事件など、藤原家による政治的な動きを目の当たりにすることで、その考えは少しずつ揺らいでいきます。

藤原家の陰謀を知り、政治に絶望する阿倍

2巻では、阿倍の苦悩がさらに深くなっていきます。

自分が藤原氏の血を引く女性だからこそ、藤原家から大きな期待を寄せられている。

しかし、その藤原家が権力を得るために陰謀をめぐらせていることにも気付いてしまう。

「天皇になるとは、一体どういうことなのか?」

「自分は誰のために政治をするのか?」

そんな疑問が阿倍の中に生まれていきます。

ただ権力を持つだけではなく、自分自身の意思で政治を行いたい。

けれども、女性であること、藤原氏の血を引いていること、そして皇族として生きること。

いくつもの立場に縛られながら生きる阿倍の姿が印象的でした。

藤原仲麻呂との恋が阿倍の人生を大きく変える

3巻になると、物語は政治だけではなく「恋」が大きなテーマになっていきます。

阿倍は、故藤原武智麻呂の次男・藤原仲麻呂に恋をしてしまいます。

仲麻呂は非常に頭がよく、天才ともいわれた人物。

一方、阿倍は女帝となる以上、生涯独身でいなければならない立場です。

だからこそ、この恋は阿倍にとって大きな意味を持っていたのではないでしょうか。

政治家として生きなければならない女性が、ひとりの女性として誰かを愛してしまう。

「天皇として生きる自分」と「女性として生きたい自分」。

この2つがぶつかり合うところに、この作品の大きな魅力を感じました。

そして阿倍は孝謙天皇として即位します。

愛する人のために、権力を手放してしまう

4巻では、孝謙天皇となった阿倍が、さらに大きな決断をします。

実権のある女帝になりたいという思いを持ちながらも、仲麻呂との愛に溺れてしまう孝謙天皇。

仲麻呂と結婚するために、自らの権限を仲麻呂に与え、譲位して上皇となる道を選びます。

ここは読んでいて、とても複雑な気持ちになりました。

これまで「女帝」として生きるために、女性としての人生を犠牲にしてきた阿倍。

そんな彼女が、ようやく手に入れたと思った「愛」のために、今度は政治的な権力を手放してしまう。

女性としての幸せを求める気持ちと、天皇としての責任。

どちらか一方を選べば、もう一方を失ってしまう。

阿倍の人生そのものが、この葛藤の繰り返しだったように感じます。

しかし、仲麻呂は最高権力と莫大な財力を手に入れると、さらに大きな野望を抱くようになります。

恋に破れ、再び政治の世界へ

5巻では、阿倍は少しずつ仲麻呂に利用されていたことに気付いていきます。

愛する人を信じた結果、自分の権力を失ってしまった阿倍。

さらに、頼りにしていた母・光明皇后も亡くなります。

恋にも破れ、母も失い、生きる気力さえ失ってしまう。

そんな阿倍を慰める存在となるのが道鏡です。

そして彼女は道鏡に導かれるように出家し、仲麻呂から実権を取り戻す決意をします。

ここから阿倍の人生は、再び大きく動き始めます。

持統天皇と重なる「女性」と「天皇」の葛藤

『女帝の手記』を読んでいて、私が特に興味深いと感じたのが、持統天皇との共通点です。

阿倍内親王は持統天皇の子孫にあたります。

そして、どちらも女性でありながら、天皇として政治を担う立場に立っています。

女性として生きたい気持ちがあっても、天皇という立場になれば、個人の人生だけを優先することはできません。

恋愛や結婚、家族への思いなど、ひとりの女性として当然持っている感情と、天皇として背負わなければならない責任。

その間で悩み続ける姿が、持統天皇と阿倍内親王に共通しているように感じました。

時代が違っても、「女性としての人生」と「天皇としての人生」を両立させる難しさは変わらなかったのかもしれません。

「女帝」という言葉だけでは語れない人生

歴史上の人物として見ると、孝謙天皇・称徳天皇は「女性天皇」という一言で語られることもあります。

しかし、この作品では、その肩書きの裏側にある「ひとりの女性」としての阿倍の姿が描かれています。

政治の世界では強くあらなければならない。

けれど、ひとりの女性としては誰かを愛したい。

母親に認めてもらいたい。

自分を理解してくれる人がほしい。

そんな感情を持つ阿倍を見ると、「天皇だから特別な人」なのではなく、ひとりの人間として悩み、迷い、選択を繰り返していたのだと感じます。

まとめ

『女帝の手記』文庫版1~5巻は、奈良時代の政治史だけではなく、女性が「自分自身の人生」を生きることの難しさを考えさせられる作品でした。

特に印象に残ったのは、

「女性として生きるのか、それとも天皇として生きるのか」

という阿倍の葛藤です。

天皇という最高位に立ったとしても、ひとりの女性としての感情を捨てられるわけではありません。

むしろ、立場が大きくなるほど、個人としての幸せを選ぶことが難しくなっていく。

持統天皇から続く皇統の中で、阿倍内親王もまた同じような悩みを抱えていたのではないかと思うと、歴史上の女性天皇の見方も少し変わってきます。

「女帝」という言葉だけでは見えてこない、ひとりの女性としての人生。

政治と恋愛、家族と権力、そして女性としての幸せ。

そのすべての間で揺れ動く阿倍内親王の人生を追っていくことができる作品です。

奈良時代の歴史や女性天皇に興味がある方はもちろん、歴史漫画としてだけではなく、「女性が自分の人生を選ぶこと」を考えながら読んでみるのも面白い作品だと思います。


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