第1話プロローグ|不安の正体とは?
その頃の私は、もうあの頃ほど不安に振り回されてはいなかった。
静かなホテルの部屋で、窓の外を見ながら、ふとそんなことを思う。
ほんの少し前までは、明日のことすら怖かったのに。
どうして、こうなったのか。
それはまだ、うまく説明できない。
ただ一つ言えるのは――
あの時、私は小さな一歩を踏み出したということだ。
関根貴子、五十代半ば。未婚、子どもはいない。
都内の会社で正社員として働いている。特別なキャリアがあるわけでもなく、長く同じ職場で事務の仕事を続けてきた。
大きな失敗もなければ、大きな成功もない。
そんな、どこにでもあるような人生だった。
それでもこれまでは、それなりにやってこられたと思っている。
毎月決まった給料が入り、贅沢をしなければ生活は回る。
週末には少しだけ自分にご褒美を与える。
それが、貴子なりの「ちょうどいい暮らし」だった。
――はずだった。
最近、ふとした瞬間に、不安が胸の奥からじわりと湧き上がってくるようになった。
きっかけははっきりしている。
物価が上がっている。
ニュースでも、スーパーでも、日常のあらゆる場面でそれを感じる。
なのに、給料は変わらない。
変わらないどころか、将来の見通しはますます不透明だった。
このままで、本当に大丈夫なのだろうか。
一人で、生きていけるのだろうか。
そんな考えが頭をよぎるたび、胸の奥がざわついた。
誰かに相談するわけでもない。
そもそも、気軽にそんな話ができる相手もいない。
ただ一人で、その不安をやり過ごすしかなかった。
仕事から帰宅し、簡単に食事を済ませる。
テレビをつける気にもなれず、いつものようにスマートフォンを手に取る。
なんとなくニュースを眺め、気づけば検索を繰り返している。
――これも、いつものことだった。
ただ、その日は少しだけ違った。
YouTubeを開いたとき、画面に表示された一本の動画が目に入った。
「副業で稼ぐには――」
そんなタイトルだったと思う。
特に興味があったわけではない。
むしろ、どこか怪しいものを見るような気持ちすらあった。
それでも、なぜか指が止まり、気づけば再生ボタンを押していた。
動画の中では、落ち着いた口調で、さまざまな副業が紹介されていた。
在宅でできる仕事。
特別なスキルがなくても始められるもの。
少しずつでも収入につながる方法。
どれも、これまでの自分とは無縁だと思っていた世界だった。
正直に言えば、最初は半信半疑だった。
そんな簡単にできるわけがない。
自分には無理だ。
そう思いながらも、なぜか動画を最後まで見てしまった。
そして、見終わったあと――
胸の奥に、小さな違和感のようなものが残った。
それは、不安とは少し違う感覚だった。
もしかしたら。
ほんの少しだけ、そんな考えが頭をよぎる。
五十代でも、始められる。
動画の中のその言葉が、なぜか耳に残っていた。
貴子には特別なスキルはない。
これまでやってきたのは、事務の仕事だけだ。
パソコン操作や書類作成には慣れている。
けれど、それが「稼ぐ力」になるとは思ったこともなかった。
それでも――
何もしないままでいることの方が、怖くなっていた。
気づけば、スマートフォンで「副業」と検索していた。
いくつもの情報が並ぶ。
どれが正しいのかも分からない。
それでも、画面をスクロールする指は止まらなかった。
自分にできることはあるのか。
この年齢からでも、間に合うのか。
確信なんて、どこにもなかった。
それでも――
探さずにはいられなかった。
このときの私は、まだ知らなかった。
この小さな行動が、自分の世界の見え方を変えていくことになるなんて。
そして、それが――
あの静かなホテルの部屋につながっていくことも。
第2話へ続く。。。
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「何かを始めるのに、遅すぎることはない。」
そんな想いを込めて書いた物語です。
もし少しでも気になりましたら、ぜひ手に取っていただけると嬉しいです。
これからも短編・長編を問わず、さまざまな作品をお届けしてまいります。今後とも応援よろしくお願いいたします。

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