第2話 最近、辛く感じる通勤時間
ぎゅうぎゅうの満員電車の中で、
貴子は小さく息を吐いた。
最近、通勤の時間がひどく長く感じる。
以前から混雑していたはずなのに、ここまで息苦しく感じたことはなかった。
体を少しでも動かそうとしても、周囲の人にぶつかるだけで、身動きは取れない。
吊り革に手を伸ばしながら、なんとか体勢を保つ。
車内には、同じように無言で揺られている人たちが詰め込まれていた。
誰もが疲れた顔をしている。
スマートフォンを見つめる人、目を閉じている人、ただ前を向いている人。
会話はほとんどない。
ただ、電車の揺れと、かすかなアナウンスの音だけが流れている。
その中にいると、自分もその一部になったような気がした。
ーーこんなに辛かったのだろうか。
ふと、そんな疑問が浮かぶ。
これまで何年も、同じ時間に同じ電車に乗り、同じように会社へ通ってきた。
学校を卒業してから、ずっと続けてきた日常だ。
特別なことは何もない。
ただ、毎日決まった時間に起きて、同じ電車に乗り、同じ仕事をする。
それが当たり前だった。
むしろ、考えたこともなかった。
それなのに、ここ最近になって、急にこの通勤時間が重くのしかかるようになった。
体力が落ちてきたのだろうか。
年齢のせいかもしれない。
50代に入ってから、疲れが抜けにくくなった気がする。
以前なら一晩寝れば回復していたものが、翌日まで残ることも増えた。
だから、そのせいだと思おうとした。
ーー仕方がないことだ、と。
けれど、それだけではないような気もしていた。
体の疲れとは、少し違う。
もっと、内側に溜まっている何か。
言葉にできないまま、胸の奥に残っている感覚。
それが、じわじわと広がっているような気がする。
電車の中で、ふと視線を上げる。
目の前に立つ人の背中。
その向こうにいる誰かの肩。
どこまで行っても、人、人、人。
その中で、自分がどこにいるのか分からなくなる瞬間があった。
ただ流れに乗っているだけのような感覚。
自分で動いているのか、それとも運ばれているのか。
そんなことを考えてしまう。
以前はこんなふうに思うことはなかった。
ただ会社に行くだけの時間だったはずなのに。
気づけば、通勤は「移動」ではなく、「消耗」に変わっていた。
電車が駅に到着し、人の流れに押されるようにして降りる。
ホームに出た瞬間、わずかに空気が軽くなった気がした。
それでも、まだ一日は始まったばかりだ。
ここから仕事が待っている。
会社に着けば、いつも通りの業務がある。
大きなトラブルもなければ、特別な達成感もない。
ただ、こなしていく仕事。
それを、何年も繰り返してきた。
不満があったわけではない。
少なくとも、これまでは。
それなのに、最近はふとした瞬間に思う。
――このままでいいのだろうか。
はっきりとした理由はない。
何が不満なのか、自分でもよく分からない。
それでも、その問いだけが、静かに残る。
答えは出ないまま、時間だけが過ぎていく。
そしてまた、同じように一日が終わる。
帰りの電車も、やはり混んでいた。
朝ほどではないにしても、座れることはほとんどない。
揺れる車内で、ぼんやりと窓の外を見つめる。
流れていく景色に、特別な意味はない。
ただ、それを見ている時間だけが、わずかに自分を保っているような気がした。
家に着いても、特別なことは何もない。
簡単に食事を済ませ、シャワーを浴びる。
そしてまた、明日のために眠る。
その繰り返し。
変わらない日々。
――それなのに。
なぜか、少しずつ息苦しくなっている。
その理由を、貴子はまだ知らなかった。
第3話へ続く。。。
📢 作者からのお知らせ
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
現在、私の作品「50代、もう無理だと思っていた私が副業を始めた話」 を電子書籍としてSUZURIで販売しています。
50代で人生の転機を迎えた主人公が、小さな一歩を積み重ねながら「自分らしい働き方」と「新しい人生」を見つけていく物語です。
Web版をもとに再編集し、さらに電子書籍限定で**書き下ろし特別編「1年後の私」**を収録しました。
主人公がその後どんな未来を歩んだのか――。
Webでは読めない「物語の続き」をお楽しみいただけます。
また、この作品が生まれたきっかけや執筆への思いを綴ったあとがきも収録しています。
この作品を読んだことがある方はもちろん、初めての方にも楽しんでいただける一冊です。
📚 電子書籍はこちら
https://suzuri.jp/2025_33_nakamura/digital_products/142476
「何かを始めるのに、遅すぎることはない。」
そんな想いを込めて書いた物語です。
もし少しでも気になりましたら、ぜひ手に取っていただけると嬉しいです。
これからも短編・長編を問わず、さまざまな作品をお届けしてまいります。今後とも応援よろしくお願いいたします。

コメント