第3話 ホテルの夜、偶然のようなきっかけ
月に一度の、ささやかな楽しみがある。
それが、ホテルで過ごす一人の時間だった。
誰にも気を使わず、誰にも話しかけられない場所。
ただ静かに、自分だけの時間が流れていく。
それだけで、十分だった。
関根貴子にとって、それは非日常であり、同時に現実から少しだけ距離を置くための時間でもあった。
チェックインを済ませ、カードキーでドアを開ける。
部屋に入った瞬間、外の空気とは違う静けさに包まれる。
それだけで、肩の力が少し抜ける気がした。
荷物を置き、靴を脱ぎ、ベッドに腰を下ろす。
いつもの流れ。
特別なことは何もない。
けれど、この「何もない」時間が、貴子には必要だった。
窓の外には、見慣れない街の景色が広がっている。
それをぼんやりと眺めながら、しばらく何も考えない。
――ここでは、何もしなくていい。
そう思えるだけで、少し楽になる。
それでも、完全に何も考えないというのは難しかった。
気づけば、いつものようにスマートフォンを手に取っている。
特に目的があるわけではない。
ただ、なんとなく。
ニュースを見て、SNSを流し、気づけばYouTubeを開いていた。
これも、いつものことだった。
画面には、見慣れた動画が並んでいる。
何気なく一本を再生し、流し見する。
そのまま、次の動画へ。
特に意識することもなく、ただ時間が過ぎていく。
――そのはずだった。
ふと、画面の端に表示されたおすすめ動画に目が止まる。
「副業で稼ぐには――」
そんなタイトルだった。
一瞬、指が止まる。
興味があるわけではない。
むしろ、自分には関係のない世界だと思っていた。
それでも、なぜか気になった。
ほんの少しだけ。
そのまま画面を閉じようとしたのに、指が動かない。
結局、再生ボタンを押していた。
動画の中では、落ち着いた声で、副業の方法が紹介されていた。
在宅でできる仕事。
特別なスキルがなくても始められるもの。
少しずつ収入につながる仕組み。
どれも、これまでの自分とは無縁だと思っていた世界だった。
正直、半信半疑だった。
そんなに簡単にできるはずがない。
そう思いながらも、最後まで見てしまった。
そして気づく。
次の動画を再生していた。
似たような内容の動画が、いくつも表示される。
どれも同じようで、少しずつ違う。
それを、一つずつ見ていく。
やめようと思えば、いつでもやめられる。
それなのに、やめられなかった。
気づけば、時間がかなり経っていた。
部屋は静かなまま。
外の音も、ほとんど聞こえない。
その中で、動画の音声だけが流れている。
まるで、その世界に引き込まれていくようだった。
――こんな働き方があるのか。
ふと、そんな思いが浮かぶ。
会社に行かなくてもいい。
自分のペースでできる。
そんな言葉が、なぜか頭に残る。
これまで考えたこともなかった。
考えようともしなかった。
それなのに、その日は違った。
動画を閉じても、頭から離れない。
ベッドに横になっても、同じことを考えている。
眠る前まで、ずっと。
結局、その夜は何本もの動画を見続けていた。
――なぜ、こんなに気になるのだろう。
自分でもよく分からなかった。
ただ一つ言えるのは。
無関係だと思っていたはずの世界が、少しだけ近づいた気がしたということだった。
翌朝、ホテルを出る。
現実に戻る時間。
それでも、どこか感覚が違っていた。
いつもの通勤。
いつもの景色。
何も変わっていないはずなのに。
頭の中には、昨夜見た動画の内容が残っている。
会社に着いても、気持ちは落ち着かなかった。
仕事をしながらも、ふとした瞬間に思い出す。
――副業。
その言葉が、何度も浮かぶ。
自分にできるとは思えない。
それでも、気になって仕方がなかった。
帰宅後、すぐにスマートフォンを手に取る。
今度は動画ではなく、検索だった。
副業。
在宅ワーク。
未経験でもできる仕事。
いくつもの情報が表示される。
どれが本当なのかは分からない。
それでも、画面をスクロールする指は止まらなかった。
自分でも驚いていた。
ここまで興味を持つとは思っていなかったからだ。
次の日も、その次の日も。
気づけば、副業のことを考えている。
仕事中でさえ、ふと意識がそちらに向く。
――やってみたい。
その気持ちが、少しずつ大きくなっていた。
同時に、それに戸惑ってもいた。
これまでの自分にはなかった感情だったからだ。
それでも。
完全に無視することは、もうできなかった。
第4話へ続く。。。
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「何かを始めるのに、遅すぎることはない。」
そんな想いを込めて書いた物語です。
もし少しでも気になりましたら、ぜひ手に取っていただけると嬉しいです。
これからも短編・長編を問わず、さまざまな作品をお届けしてまいります。今後とも応援よろしくお願いいたします。

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