「50代、もう無理だと思っていた私が副業を始めた話」ー第9話

50代、もう無理だと思っていた私が副業を始めた話

第9話 一人では限界だった

案件への応募を、一旦やめた。

完全に諦めたわけではない。

ただ、少し疲れてしまったのだ。

返信が来ない苦しさ。
怪しい案件。
曖昧な仕事内容。

副業サイトを開くたび、気持ちが重くなる。

会社から帰宅したあと、以前のようにすぐパソコンを開く気力が出ない日も増えた。

ソファに座ったまま、ぼんやりテレビを眺めて終わる夜もある。

それでも、不思議と副業そのものへの興味は消えなかった。

むしろ逆だった。

知れば知るほど、「この世界をもっと理解したい」という気持ちが強くなっていく。

だから貴子は、案件へ応募する代わりに情報収集ばかりするようになっていた。

通勤電車の中。

昼休み。

寝る前。

気づけば、YouTubeで副業関連の動画ばかり見ている。

“50代からの副業”
“在宅ワーク初心者”
“失敗しない副業選び”

おすすめ欄には、似たような動画が並ぶようになっていた。

以前なら興味も持たなかった言葉ばかりだ。

ある日の夜。

貴子はいつものように動画を流しながら、夕食の片づけをしていた。

再生していたのは、以前から何度か見ていた女性YouTuberの動画だった。

落ち着いた話し方をする人だった。

「簡単に稼げます!」

という勢いのあるタイプではなく、
失敗談や注意点もきちんと話す。

だから貴子は、その人の動画だけは少し安心して見られた。

その日も動画の内容は、副業初心者向けの話だった。

「最初は私も、怪しい案件に引っかかりそうになりました」

その言葉に、貴子の手が止まる。

まるで自分のことを言われた気がした。

動画の中の女性は笑いながら続ける。

「初心者の頃って、本当に何が普通で何が危険か分からないんですよね」

貴子は思わず画面を見つめた。

――分かる。

まさに今の自分だった。

クラウドソーシングの世界には、普通の案件もあれば、怪しい案件も混ざっている。

けれど初心者には、その違いが分からない。

返信が来ただけで安心してしまう。

優しくされると信じそうになる。

あのオンライン面談のことを思い出し、貴子は少しだけ胸が重くなった。

動画は続く。

「だから私は、一人でやるより誰かに相談できる環境って大事だと思っています」

そのあとだった。

「現在、初心者向けコミュニティメンバー募集中です」

その言葉に、貴子の手が止まる。

コミュニティ。

副業を学ぶ人たちの集まりらしい。

以前なら、その言葉だけで警戒していたかもしれない。

実際、数日前の自分なら閉じていた。

けれど今の貴子は違った。

すぐ申し込むことはしなかった。

むしろ逆だった。

慎重になっていた。

貴子は動画を止め、スマートフォンでそのコミュニティについて調べ始めた。

料金はいくらなのか。
どんな内容なのか。
怪しい評判はないか。

検索窓に、コミュニティ名を入力する。

“怪しい”
“詐欺”
“評判”

そんな言葉まで付けて検索してしまう。

自分でも少し神経質だと思った。

けれど、もう簡単には信じられなかった。

知らない世界へ入る怖さを、一度経験してしまったからだ。

検索結果には、参加者らしき人たちの感想が出てきた。

「初心者でも質問しやすかった」

「案件紹介より情報交換が中心」

「無理な勧誘がなかった」

もちろん、良いことばかりではない。

「合う合わないはある」
「結局は自分で動かないと意味がない」

そんな現実的な感想もあった。

でも、その“現実的な感じ”が逆に安心できた。

あの怪しい面談のように、

“人生が変わる”
“誰でも稼げる”

そんな大げさな言葉が少ない。

それが貴子には少し信頼できる気がした。

さらに動画を見返してみる。

女性YouTuberは、成功談だけではなく失敗談も普通に話していた。

案件が取れなかった話。
クライアントとのトラブル。
初心者時代の不安。

そういう部分を隠していない。

そこも貴子には大きかった。

あの勧誘の男性は、“成功”しか話さなかった。

不安を煽りながら、最後は高額スクールへ誘導された。

けれどこの人は違う。

「副業って地味ですよ」

動画の中で、女性はそう笑っていた。

「最初は全然うまくいかないし、コツコツ続けるしかないです」

その言葉の方が、今の貴子にはずっと現実的に聞こえた。

気づけば、貴子はコミュニティの募集ページを開いていた。

内容を一つずつ読む。

初心者歓迎。
情報交換。
勉強会。
雑談部屋。

“すぐ稼げる”とは書いていない。

むしろ、

“一緒に学ぶ”
“孤独にならない”

そんな言葉の方が多かった。

その時、貴子はふと思った。

――私は、お金だけじゃなかったのかもしれない。

もちろん副収入は欲しい。

将来への不安もある。

けれど今、一番苦しかったのは“孤独”だった。

分からないことを相談できない。

何が普通なのかも分からない。

知らない世界を、一人だけで進む怖さ。

それが思った以上に大きかった。

動画のコメント欄には、

「仲間ができました」
「一人じゃなくなりました」

そんな言葉が並んでいた。

貴子はしばらく画面を見つめる。

会社とは違う空気に見えた。

年齢も働き方もバラバラなのに、どこか自然だった。

少しだけ、羨ましく感じる。

――覗くだけなら、いいのかもしれない。

その気持ちが、静かに芽生える。

怖さは、まだある。

また失敗するかもしれない。

騙されるかもしれない。

でも。

以前の貴子なら、きっとここで閉じていた。

そう思うと、自分でも少しだけ変わった気がした。

貴子は小さく息を吸い込み、申し込みボタンを押した。

また、新しい一歩だった。

第10話へ続く。。。


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